コラム 販促・集客
【販促dig!!/第5回 富永朋信氏<後編>】「リテールマーケティングは一般的な手法が通じないから面白い」

2021年05月11日
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左:ゲストの富永朋信さん  右:ホストの早川礼

時代の流れと共に変容していく「販促」の在り方。しかし、何が正しいのか、未来はどう進むかの答えは掴みにくいものです。本連載は、そんな疑問の答えを探るべく、販促の最前線にいる有識者をお招きし、幅広い視点から「販促」をテーマに対談形式で語りつくす企画です。

第5回のゲストは、Preferred Networks(プリファード・ネットワークス)執行役員CMO(最高マーケティング責任者)の富永朋信氏です。コダックに入社後、これまで一貫してマーケティングに携わり、西友、ドミノ・ピザ ジャパンなどでもCMOを歴任されていらっしゃいます。

今回も、「Shufoo!(シュフー)」の運営会社である株式会社ONE COMPATH 代表取締役社長CEOの早川よりお話をお聞きしました。前編では、これまでのキャリアを中心とした内容をお送りしましたが、後編では、マーケティングの捉え方や人生のパーパスなど富永氏の考えをお聞きしました。


行動経済学を知り衝撃を受ける

早川 礼(以下、早川):富永さんのお話に「行動経済学」がよく出てきますが、人間理解の中で追求されているのでしょうか?

富永朋信 氏(以下、富永):そうですね。遅い気づきなのですが、社会人になってすぐの頃に「AIDMA」という言葉を知り、自分がモノを買う時の心の移ろいを見事に表現していてすごいと思いました。そこからこういった消費行動やその周辺に関する本を読み始め、しばらくはブランドやメディア、マーケティング関連の本を乱読していました。

そして33歳の時に行動経済学に出会い衝撃を受けました。自分の中に蓄積してきていた、何かしっくりこない感覚を見事に氷解させてくれたのです。人のバイアスを体系化できるという知的な驚きがありました。特にダニエル・カーネマン(アメリカの行動経済学者)のファスト&スローは包括的・緻密に検証がなされていて感動しました。さらに心理学や社会心理学などに興味の矛先を向け、人や組織、社会を多面的に捉えるための知識の蓄積をしました。

早川:行動経済学では人の非合理的な判断を解明できる、みたいなイメージですか?

富永:旧来の経済学が前提としているホモ・エコノミクスという概念があります。ホモ・エコノミクスは、どんな状況にあっても合理的に判断が出来る人、という前提ですが、実際人間は全くそうではない。

仮に、年収1,000万円の人が年収1,100万円のA社と、年収1,200万円のB社に転職で採用されることになりました。これだけの条件だとB社です。ですが、A社は社員の平均年収1,000万円のところ自分だけが1,100万円、B社は平均年収1,500万円で自分は1,200万円だったらどうでしょうか。心は揺らぎますよね。それでもホモ・エコノミクスの概念ではB社になります。自分がいかにホモ・エコノミクスではなくホモ・サピエンスなのかを実感して、虜になりました。

マーケターとしての喜び、快感

早川:マーケティングの面白さはどんなところにあると思いますか?

富永:マーケティングには、人に対して「こういう働きかけをしたら、こう反応してくれるはずだ」という仮説・実証のサイクルがあります。ですので、マーケターは心血を注いで仮説を考え、消費者に動いてもらう手立てを考えるわけです。私がこれこそマーケティングの面白さだ、と感じるのは、仮説通りに世の中やターゲット、社内の人が反応してくれた時の、そのえもいわれぬ妙味です。

西友にいた頃、イギリス発のアパレルブランドの商品を売るために、何かできないかという相談を受けました。多くの人は「洋服を買いに行こう」と思ったときスーパーマーケットには行かないですよね。そもそも選択肢に入っていないようなところに「良い服があります」と言っても通じません。そこで、CMのような王道のやり方ではなく、「“スーパーの服なんて”と思っている人へ」というメッセージつきでファッションショーをやることにしました。

結果、PRチームの頑張りもあって全TV局で放映されました。その中で銀座や原宿にいる若者たちに実際の商品(服)を見せて「これ、西友で売っています」と明かす。すると「えー?!」っていう反応が出ます。街頭インタビューで自分が思った通りの反応を見たとき、言葉にし難い嬉しさを感じました。そういった積み上げが生まれ変わってもマーケティングをやりたい、と思える原動力です。

リテールマーケティングは一般的な手法が通じないから面白い

早川:リテールにフォーカスした時に、“ならでは”の面白さはありますか?

富永:市井のマーケ本に書いてあるのは基本的にFMCG(Fast Moving Consumer Goodsの略で、日用消費財)向けの内容であることが多いのですが、リテールではそれだとうまくいかないことが多々あります。例えばチェーンストアでは、ペルソナを決めるとペルソナを重視した店づくりになるので「誰でもウェルカム」でなければならない、と言うリテールのプラットフォーム性を担保できないし、それでもあえてペルソナを決めると今度は平凡な人物像になり、つまらないブランドになってしまう。こんな感じで、普通に説かれる方法が通じないところがある中で、自分ならではのやり方を考えていくのが面白いですね。

メーカーがなかなかできない“最後の一押し”をリテールだとできる、という点もあります。リテール側で戦略的にマーケティングが出来ていると、メーカー側も胸襟を開いて話してくれますね。

さらに、お店をメディアとして最適化していくという面白さもあります。これはダイナミックな話で、お店というものは色々な解像度で見ることができます。建物全体の解像度で見ると、建物や看板といったレベルのメディア、造作が目につきます。これを、フロアの解像度にすると、お客様が迷わず直感的に買い物するために天井から吊り下がっている売り場カテゴリーサインやナビゲーションサイン。アイル(陳列通路)の解像度で見ると、商品の陳列方法そのもの、単品用の多岐にわたるサインや、オススメを伝えるための什器――など……。

つまり、お店には建物全体から商品1SKUの解像度まで様々な縮尺のコミュニケーションが詰まっており、それを分かりやすく整理して、直感的に、ストレスなく買えるお店全体を作るのは、とても難しいです。なぜかというと、全ての解像度でコミュニケーションしたいことを全て実行すると、全体としては情報過多で極めて煩雑な、認知コストの高い店になってしまうからです。そこで誰かが全体のコーディネーションを整えても、ことはそう簡単に片付きません。なぜならば、例えばストアマネージャー、MDなど店舗に関わるあらゆる人にはそれぞれの目標や考え方があり、それらが徐々に売り場に展開され始めることにより、一度整ったコーディネーションが壊れていくからです。

その中で決める。やり切る。これはとても大変で、非常に高度なリーダーシップを要求され、そしてとても面白く、やりがいのあることです。

早川:全体最適コーディネーターはCMOが適任だと思いますか?

富永:もちろん会社によって違いますが、私はそうあるべきだと思っています。でもリテールのマーケティング部長は、商品部長とかに対して強く言えないケースが多く、えてして理想主義的なことはできません。そのような場合は彼らの共通の上司としてのCOOが、その役割を担う必要があると思います。

Eコマースの課題は、バイイングインパルスをどう出すか、あるいは代替要素をどうするか

早川:他に、リテールマーケティングの根本の視点で注目している要素はありますか?

富永Eコマースでしょうか。商品そのものから出てくるバイイングインパルスのことを、私は“買って買ってビーム”と呼んでいます。それを感じられない買い物はつまらないと思っています。“買って買ってビーム”は、衝動買いや、より高いモノを買うことのトリガーになります。それがないと、単なる補充や確実に欲しいものを買うだけの買い物になってしまう。Eコマースは、“買って買ってビーム”つまりバイイングインパルスをどう出していくのか、出せないなら代替要素をどうするかが課題だと思うし、それを考えて再構成できたら面白いと思います。VRや高度なレコメンデーションといった技術もあるので、実際には店舗よりいいものが出来るかもしれないとも思います。こういった高いレベルのリアルとオンラインのせめぎ合いには興味がありますね。

「1回当たったから、やりません」

早川:これまでに、富永さんが部下などにアドバイスをしてきたことがありましたらお聞かせください。

富永:何でも「なぜ?」「どうして?」と自分に問い、自分なりの仮説を作るということはやったほうがいい。例えば、電車の中吊り広告を見て、「なぜこう作ったんだろう?」「クライアントに何を言われたんだろう?」とクリエイターや営業に感情移入してみること。それはやってほしいとよく言います。

それから、人間にはバイアスがあり、他のみんなのことが気になります。一度当たったキャンペーンがあったとして、次に違う内容のアイデアを持って行くと「え?また同じ内容をやればいいのに」と言われることが多い。インパクトは1回目が大事だから同じことは基本的にはやらない方がいいのに、なぜそんなことを言うのか?それは、人は流暢性が高いモノが好きで、見慣れたモノを選びがちなんです。だから「またやればいいのに」と言われる。競合が何をやっているのか気になるのも同じで、流暢性が高いモノが好きだからなんです。 CMやWEB広告といったコミュニケーションの場では、あらゆる企業が競合となる中、生き残るのは並大抵のことじゃない。インパクトを出すためには、“Surprising Yet Right”(びっくりするがなお正しい)という言葉がありますが、びっくり驚かせてなるほど、と思わせるコミュニケーションが大事なんです。だから「1回当たったからやらないです」って言うんですね。

早川:マーケターを目指す若者に向けてはいかがでしょうか?

富永迷ったらやること。マーケターを目指すくらいだから、「どうしたら面白いのか?」のようなことを始終考える人だと思います。迷うことはよくあるかもしれませんが、迷ったらやり、失敗しても気にしないこと。もう一つは、選択肢が2つあり迷ったときは、振れ幅が大きい方を選ぶこと。よりインパクトが大きい方ですね。基本的に、自分の前に提示される選択肢は自身の“合わせ鏡”だと思います。実はどちらを選択してもたかが知れている。だったら、たった1回の人生でなるべく大きいものを選ばないでどうするの?そう思います。

人生のパーパスは、人や社会を驚かせること

早川:最後に、富永さんの人生のパーパスについてお聞かせいただけますか?

富永:何かしらの方法で人や社会に驚いてほしいです。仕事でもプライベートでも、「その手があったか!」と驚かせたいし、パーパスはそれを最大化することです。
また、それを担保する要件として、「オートノミー」を大事にしています。自分のことを自分で決められる権利という意味です。どんな小さなことでも自分で決めたい。それを担保できる生き方がいいです。

早川:ありがとうございました。


【販促dig!!】
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第1回・後編  「このお店をリピートしたい」と思わせるためのデータ活用方法とは? デジタルを使った販促の可能性を探る
第2回・前編 情報のデジタル化を進める必要があるのか?小売業販促の課題と解決策
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第3回・前編 リテール変革プロフェッショナルとしてのキャリアと人生のパーパスとは?
第3回・中編 コンビニは店舗スタッフこそが源。だからマーケティングは社内外で同じくらい力を入れる
第3回・後編 「日本に足りないのはX。本気の変革です
第4回・前編「KPIより”儲かり続ける仕組みづくり”にコミットしたい
第4回・後編 デジタル化の中で、リアル店舗の価値を再定義して資産に変えることが大事
第5回・前編 リテールのCMOを志したきっかけはコカ・コーラ
第5回・後編 「リテールマーケティングは一般的な手法が通じないから面白い
第6回・前編  人を巻き込むスペシャリスト
第6回・後編 週刊ウェビナーは前例がないからやった

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